【ジパング】ジパングの歴史を知らないTOYが黄金太郎に聞いてみた②

jipang-9

黄金太郎の成り立ちに迫る!

jipang-9以前HRで書かせていただいたジパングの設立秘話。そんな誰か知りたい人いるのかな?と思える内容に敢えてスポットを当てていくこの連続企画。

今回はジパングの設立より少し前、アルバイト時代の黄金太郎が、実は掛け持ちのアルバイトをしていたお店があった!?との話を以前お聞きしました。実はそのお店、今はもう無くなっているのですが、ここで20代の黄金太郎は何を感じ、何を学んだのか?そんな黄金太郎が、修業時代と位置付けるこの時代にスポットを当てて取材してきました。

黄金太郎が語る第2の青春時代!

TOY
お疲れ様です(^^)

黄金太郎
お疲れ様。(^^)
TOY
タイ旅行帰りすぐに、お時間いただいちゃってどうもすいません。・・・・やっぱりタイは良かったですか?
黄金太郎
いやー良かったよ。がろぱさんとの海外旅行はこれで3回目だけど、今回も楽しかったね~。
TOY
う、う、う、羨ましい。旅行に一緒に行ける人って、かなり気の合った人同士でないと、何かと不満が残るとよく聞くので、二人は相当相性が良いんですね。おじさん同士ですけど(笑)
黄金太郎
(笑)
TOY
タイ旅行の話も記事にしたいのですが、
今回は以前少しだけお話を伺った、埼玉のお店のお話を中心に、インタビュー出来ればと思っています。よろしくお願いします。
黄金太郎
何でも聞いてください。ただ、何だか懐かしいね~。
TOY
まず始めに時系列を整理したいと思うのですが、黄金太郎は最初、アリスト・プロが経営しているお店にアルバイトとして働き始めたと以前お聞きしたのですが、その後、埼玉のお店に移籍されたのですか?
黄金太郎
違いますね。そのお店でアルバイトをしながら、埼玉のお店でも働いていました。
TOY
今風に言うと、ダブルワークというやつですね。具体的には埼玉のどのあたりで働いていたんですか?
黄金太郎
今はもうありませんが、埼玉の武蔵関にあったプレイランドというお店と狭山の太平会館というお店です。

写真は武蔵関にあったプレイランド
【ジパング】ジパングの歴史を知らないTOYが黄金太郎に聞いてみた②
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TOY
ネットで調べてみると、武蔵関のプレイランドは2012年の3月に閉店しているみたいですね。最初の疑問なのですが、何故黄金太郎はこのお店で働こうと思ったんですか?
黄金太郎
理由は二つありました。一つ目はアルバイトとして働き始めたお店の営業時間が短く、手持無沙汰の時間が多かった事。そして二つ目は、お客さんが多くいる店で、調整の勉強をしたかったからです。
TOY
もう少し具体的にお聞きしてもよろしいですか?
黄金太郎
最初に働き始めたアリスト・プロのお店は、営業時間が少し特殊で、12:00~20:00という時間帯で営業していました。
TOY
変わった営業時間ですね。
黄金太郎
ただ20時でアルバイトが終わってしまうと、ポッカリと時間が空いてしまうんですよ。当時は20代と若かったので、夜に遊ぶお金もありませんでしたしね(笑)
TOY
いつの時代も若者はお金がありませんからね(笑)
黄金太郎
ただそんな僕がアルバイトをしがら考えていた事が、調整の事です。ただその最初に働いていたお店はあまりお客さんがいなくて、調整の勉強をする場がなかったんですよね。
黄金太郎
そんな時に、埼玉のお店から働かないか?と声を掛けてもらいました。そのお店は、その時働いていたお店よりもお客さんが多かったので、調整の勉強になるかなということで、ダブルワークで仕事を始めました。
TOY
働きますね~。
黄金太郎
中野のお店で働きながら調整で疑問に思った事を、その埼玉のお店の社長には色々と聞いていましたね~。
黄金太郎
その調整のイロハを教えてくれた社長に最初に言われたのは、調整には思いやりが出るからそれを忘れるな!という言葉です。当然そんな言葉を当時の僕が聞いても、実際にどうやったらいいんだろう?という疑問で頭が一杯でしたが、そこから実際の運用方法を通じて勉強していきながら、その言葉の真意を少しずつ理解していきました。
TOY
深い言葉ですね。
黄金太郎
当時はイベント時代真っただ中でしたが、平常営業の大切さもこの時に学びました。
黄金太郎
この時代は7枚や8枚交換という所から等価交換のお店が出始めて、世間では設定1or6という風潮が蔓延していました。
黄金太郎
けれどそこのお店で僕は、設定が6段階ある意味について深く考えました。各設定の挙動をしっかりと把握して、長い目と出玉率から設定毎の挙動を掴む事の大切さなんかもここで学びましたね。
TOY
まさに修行ですね。
黄金太郎
そうですね。あの頃教えて貰った事は、一生涯忘れる事はありません。
TOY
それではここで少し角度を変えて、埼玉のお店時代に、調整の勉強以外で何か思い出深い事はありますか?
黄金太郎
思い出すのは、その時一緒に働いていた韓国の友人です。彼とは当時良く一緒にいましたね。
黄金太郎
彼は、私の部屋に頻繁に遊びに来てくれたのですが、理由を聞くと、「だって1人だと寂しいじゃないか?」というじゃないですか。そんな事言われたら、僕も嬉しいじゃないですか?
黄金太郎
そんな彼は、いつも絶対に悪酔いしそうな名前も知らないお酒を持って、部屋に遊びに来てましたね。懐かしいな~。
TOY
まさに第二の青春時代といった感じですか?
黄金太郎
その通りです。今度時間を見つけて、彼に会いに行きたいですね!
TOY
その時は是非、私も連れて行ってください。
黄金太郎
そうだね、TOY君も一緒に行きましょう!
TOY
お話に聞いた彼に、お会いできる日を楽しみにしています。

インタビューを終えて

今回は黄金太郎修行編となる時代の話にスポットを当ててインタビューしてきました。(^^)
この取材で当時の韓国の友人について話す黄金太郎は、とても楽しそうで、当時を振り返りながらしゃべる際も、その時代をとても大切にしているんだなというのが取材を通して伝わってきました。
大人になってもこういう関係性も持てるのは、素晴らしいですね。

時間が経っても変わらない友情を少し羨ましく思いながら、このインタビューをしていたのは内緒です♪

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投稿者プロフィール

どうも、TOYです。現在HAZUSEで営業しています。
喋るのは得意だけど、書くのは苦手です。

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