【ジパング】ジパングの歴史を知らないTOYが黄金太郎に聞いてみた①

jipang-7

ジパングとHAZUSE

中野ジパング私がHAZUSEに入社してすぐに教えてもらったのは、ジパングというホールの存在です。その昔色々なイベントを仕掛けながら、HAZUSEとジパングは苦楽を共にしてきたという話を良く耳にします。

その頃の時代を追う資料は、社内やジパングHP上にある動画等で少しはあるのですが、イマイチ当時の様子が見えない部分もあります。それならばいっその事、黄金太郎に直接聞いてみようと思い立ち、取材を申し入れた所、取材OKの二つ返事をいただきましたので、早速狐さんと一緒に取材してきました。

まずそもそもどこからジパングは始まったのか?

中野ジパング今では1日に相当数のアクセスがあるという黄金太郎のつぶやき。そもそもそれを始めたキッカケは?いやもっと遡って黄金太郎ってどうやって生まれたのか?ジパングが貧乏な理由って?そして・・・
何をキッカケにHAZUSEのがろさんと知り合うようになるのか?黄金太郎とジパング、そしてがろさんとの出会いを中心に聞いてきました。


黄金太郎の成り立ちを探る!

TOY
お疲れ様です(^^)

お疲れ様ですm(_ _)m
黄金太郎
お疲れ様。
おっ、今日は珍しい組み合わせだねっ(^^)
新台が2週連続で入るなんてジパングでは珍しいですからね、そこはHRで取材しないと!と思いまして。
TOY
まさかのキン肉マンと紅桜でしたけどね(笑)
黄金太郎
(笑)
TOY
そちらの内容は、また別の機会にお聞きするとして、私が今回聞きたいのは、黄金太郎の過去からジパングの設立、現在に至る痕跡を順にお聞きしていきたいです。
黄金太郎
上手く話せるかな。(^_^;)
TOY
がろさんのように上手く聞けないかもしれませんが、こちらこそよろしくお願いします。
TOY
今回は、私のようにジパングをあまり知らない世代に、ジパングってどんなお店なんだろう?なんていうのを辿れるコンテンツを作りたいという出発点から、このインタビューを発案しました。
黄金太郎
それはいいですねー。何でも聞いて下さい(^^)
TOY
それでは早速なのですが、黄金太郎がジパングの経営母体であるアリスト・プロに入社しようと思ったキッカケは何ですか?
黄金太郎
特にキッカケはありませんよ(^_^;)
たまたまアルバイト先のパチンコ屋を経営していたのが、アリスト・プロだったというだけです。
TOY
おっ、そうだったんですね、うーん、その時代は貴重だな~。
黄金太郎
アルバイトとして働き始めたお店は、当時パチンコ専門店で、半地下があるような店内構造なんですけど、地下は全部ハネモノと1発台という何とも偏ったお店でした。
TOY
その偏った構成は、その時代を象徴していますね~。そちらのお店にはCR機の設置はなかったんですか?
黄金太郎
ありましたよ。CR冒険島やCR RYU-OHに代表される爆裂機が多くあるお店でした。
CR 冒険島

CR RYU-OH

黄金太郎
何に困ったって、CR ニューロードスターって台がよく爆連しちゃうんで大変で大変で・・・。
TOY
へ~、色々大変だったんですね。
TOY
そのアルバイト時代のお話も、もっとお聞きしたいのですが、今回はこの辺で。
TOY
話のテーマに戻りますと・・・アルバイトだった黄金太郎は、どうような経緯で、アリスト・プロの社員になったのですか?
黄金太郎
話が脱線しちゃいましたね(^_^;)社員になった経緯ですか・・・。
黄金太郎
そのアルバイトをしていたお店は、総設置台数100台くらいのお店だったんですけど、社員が2人しかいなかったんですよ。まあお客さんも10人くらいしかいなかったので、それでもどうにかなったんですけど・・。
黄金太郎
そしてその頃、時間だけはあったので、ホール内の色々な事が見えてきました。そうして見えてきたお店の改善点なんかを役職の人に進言していったら、ドンドン評価されて、気付けば社員になっていました。
TOY
それは凄いですね。それではもう少し具体的に、今振り返ってみて、ご自身のどの様な部分が評価されたと感じますか?
黄金太郎
自分は前職で、海外に携わる仕事を行っていました。そこでの人間関係の多さや、コミニュケーション能力、そして企画力を評価されたんだと思います。
TOY
当時は20代中頃ですよね?
確かに年齢に対してのスキルには、目を見張るものがありますね。

※この後、黄金太郎修行編というべき期間があるのですが、こちらはまた次の機会にお話を伺います。

ジパング設立秘話

TOY
ここからはジパング設立に関してお聞きしたいと思います。
TOY
まず始めにお聞きしたいのは・・
ジパングの設立の際には、事前に黄金太郎へ店長就任の打診等はあったのですか?
黄金太郎
いやいやそんな簡単な話じゃありませんでしたよ(^_^;)
黄金太郎
うちの会社は、やりたい人に対しては、門が開かれている会社なので、当時は極端な話、やる気だけあればスグにでも色々な事が出来るんですよ。ただ・・・それ相応の責任を背負う事になりますが。
TOY
相応の責任ですか・・。
黄金太郎
そこら辺はビジネスですからね。
黄金太郎
そしてそんなある日の社内会議で、ジパングの前身のお店を大幅にリニューアルする話が持ち上がりました。
黄金太郎
社長から「このチャンスに手を挙げるヤツはいるか?」と聞かれて、その頃店長をやりたかった私は、店長をやりたいという熱い思いで、企画書や事業計画書を書いて挙手したんです。
黄金太郎
でもそこで不思議に思ったのは、挙手した人が私しかいなかったんですよ。
TOY
何かそれ、やばい匂いがしますね・・。
黄金太郎
まあみんなが挙手しなかったのには、理由があったって事ですね。
黄金太郎
自分が受け持つことになって見た、ジパングの前身にあたるお店の経営状態が、とにかく酷い有様で、とんでも無い事を引き受けてしまったなと、後々になって気付きました。
TOY
若かったんですね(笑)
黄金太郎
ちなみにこの時一番やっていたのが、金策です。この頃は悩み過ぎて禿げるかと思いました。
TOYさん、可哀そう。
TOY
俺自身悩みはあるけど、禿げてないし、何度も言うけどつむじが大きいだけだし。
TOY
えーっと失礼、取り乱しました。
TOY
話を戻しまして・・・
ジパングを始動するにあたって、支度金とかはなかったんですか?
黄金太郎
無かったですね。会社としては、あるものの範囲でどうにかしろ!って事だったんだと思います。
TOY
それで社内会議では、他の立候補者がいなかったんですね。
黄金太郎
ただ1つだけ言えるのは、
あの頃、そこまで酷くない経理状態で経営する事になったら、今のジパングは無かったと思います。
TOY
それは何故ですか?
黄金太郎
そんな尖った事をしなくても、経営出来るのなら、それに越した事はないですからね。
黄金太郎
珍古台のコーナーを作るって発想さえも、あくまで趣味の範囲で終わっていたと思います。
黄金太郎
お金が無いから工夫もしましたし、とにかく自分達が行っている事を知ってもらって、お店に来てもらう事に全力を傾けていました。
TOY
その部分は昔も今も変わらなかったんですね。(^-^*)

ハズセとの出会い

TOY
そんなこんなで波乱のジパングをスタートさせた黄金太郎が、ハズセと出会うキッカケは何だったのですか?
黄金太郎
そうですね、ハズセというよりはがろぱさんとの出会いの話ですね。
黄金太郎
がろぱさんに始めて連絡した場所まで覚えていますよ。確か新宿コマ劇場のゴジラの辺りですね。
TOY
それだけ印象的だったんですね。
黄金太郎
ハズセって存在を知ったのは、まだ機種の解析情報が攻略雑誌でしか知れない時代に、インターネットで機種情報を公開している人がいるよと知人に教えてもらったのが、キッカケでした。
黄金太郎
そこでお店のプロモーションの一環として、ハズセサイトを利用出来たら面白いんじゃないかと思いました。
黄金太郎
後日ハズセの存在を教えてくれた知人に相談した所、それなら直接交渉した方が良いと言われたのがキッカケで電話をしました。
TOY
その頃を思い返してみると、インターネット通信もままならない時代ですよね。
TOY
あの時代、携帯でインターネットの情報を閲覧するなんていうのが、一般的ではなかったんじゃないですか?
黄金太郎
そうですね。私が黄金太郎のつぶやきを始めたのが、2001年なのですが。その頃は1日のアクセス数が、7とか8でしたからね。
黄金太郎
これじゃ書いてる意味が無いと思って、翌日そのつぶやきを印刷して、朝並んでるお客さんに配布していましたよ。
TOY
すいません、話が前後するのですが・・・。
そもそも何故、インターネットでつぶやきを始めようと思ったんですか?
黄金太郎
お金が無かったからです(笑)
TOY
(笑)
TOY
ただあの頃ってインターネットが、海のものとも山のものとも分からなかった訳じゃないですか。それでも敢えてそこで情報発信しようと思ったのは何故ですか?
黄金太郎
最初はそこまで深く考えていませんでした。最初の構想で、店内に自分の思いを伝える用紙を貼りだそうかと思っていたのですが、それならインターネットで情報発信しても、さして変わらないかなという考えで始めました。
黄金太郎
何より最初は、そんなにつぶやきによる効果を期待していませんでした。

TOY
それは意外ですね。

黄金太郎
ただサイトの更新は毎日欠かさずにしていました。
黄金太郎
そんなある日、ネット回線のトラブルで更新が出来ない時があったんです。困っていたら深夜にがろさんから「つぶやきがあがってないみたいですけど大丈夫ですか?」って電話があったんです。これは凄く嬉しかったですね。この人はちゃんと見てくれているんだって。
黄金太郎
そこからがろさんとの付き合いが深まりました。
TOY
そうしてハズセとジパングの歴史が始まると思うのですが・・今回はこの辺で。続きは次回伺いたいと思います。

インタビューを終えて

今回は黄金太郎のパーソナルな部分にスポットを当てたインタビューとなりました。今回初めて黄金太郎にインタビューをしましたが、本当に沢山のお話をしていただきました(^^)
私も喋るのが好きなので、何と4時間も話し込んでしまいました。※隣にいた狐さんは俺も取材あるのに!と少し怒っていましたが、気付かないフリをしてお喋りしていました。
話の中ではココには書けない際どい内容なんかもあって、それはもう楽しかったです。

しかし・・・
今では百戦錬磨の黄金太郎も、若い頃は我々と変わらない若者だったんですね。最初は軽い気持ちで始めたジパングの歴史を紐解く記事ですが、今後も定期的に更新をしていきますので、お時間ありましたら見ていただけると嬉しいです。(^^)

この記事のホール情報
ジパングオリジナルホームページ

1+

TOY東京本社

投稿者プロフィール

どうも、TOYです。現在HAZUSEで営業しています。
喋るのは得意だけど、書くのは苦手です。

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


ピックアップ記事

  1. コーシン神田店

    【コーシン神田店】他所ではどう?コーシンで人気の機種

  2. pachinko

    【業界人取材】設定機ぱちんこの未来①

  3. コーシン神田店

    【コーシン神田店】パチクル観察日記⑤

ページ上部へ戻る